獣医師による手作り食・自然療法ガイド

File 8:9歳のブル系ミックス・カイくん(抜歯手術後の胃腸障害・肝炎・膿皮症・尿失禁など)

今月はブルドッグ系ミックスのカイくん(9歳・去勢雄)をご紹介します。

去年の夏に抜歯手術を受けてからずっと調子が悪く病院通いが続いていましたが、病院では診断がつかず、年のせいかとあきらめかけていたところで本サイトをお知りになり、自然派わんにゃんカルテにご応募いただきました。この半年間の経過をご報告いたします。

カイくんはどんなこ?

  • 子犬の頃に知人より譲り受けました。お母さんはブルドッグなのですが、父親は不明とのこと。確かにブルドックより小さいし、顔のヒダも少ないと思います。毛や肌も白・茶・黒・グレーといろいろな色がまだらになっています。
  • 写真は本人の雰囲気を一番よく表したもの。いつもふてくされているように見えるので初対面の人に「かむ?」と怖がられますが、うれしくて尻尾をふっているときもこの表情のままなんです。
  • こうみえて性格は従順。自分から進んであいさつするタイプではありませんが、人や犬は大好き。体はがっしりと筋肉質で、そこだけはブルドッグ的です。
  • 牛肉アレルギーがあり、食事はずっとアレルギー用のドッグフードでした。2年前からZiwiピークに変更。炒めたひき肉、野菜などをミックスして、満足感をアップさせるようにしています。

応募までの経緯

  • 去年7月に歯石除去のため入院。思っていたよりも歯周病が進んでいて、結局10本も抜歯することになりました。年齢的にこれが最後の麻酔だから、今のうちに出来るだけ処置しておいた方がいいだろうとのかかりつけ医のご判断でした。
  • 術後は食欲だけはありましたが、いつもより元気がなく、散歩中も走ることがなくなりました。手術のあとなのでそんなものかな?と思っていたのですが、3週間くらい経ってから吐くように。最初は週1回程度でしたが、少しずつ増えて9〜10月にはほぼ毎日吐くようになり、体重が激減。
  • 病院では牛肉以外の食物アレルギーが出たのかもしれないと言われ、アレルギー用の処方食(加水分解蛋白食)に戻すことになりました。でも相変わらず吐き続けていました。1度は白い泡のような液体の嘔吐が止まらず、夜間病院に連れて行ったこともあります。でもその日は散歩中に拾い食いをしてしまったので、そのせいだろうということになりました。嘔吐を止める注射をし、抗生物質を1週間飲みました。数日して嘔吐が再発。
  • 10〜11月になると夜におねしょをするようになりました。いつもは自分で起きてトイレにいくのに、寝ていて気づかないうちに出てしまうようで、本人も「え?何が起こったの?」という様子です。腎臓や尿、膀胱の検査をしてもらいましたが異常はみつからず、年のせいだろうということで、夜はマナーパンツをはくことになりました。
  • 12月になってなんとなく調子が戻ってきて、吐く回数も少なくなってきたかな・・・と思っていたら、今度は皮膚をかゆがるように。粉雪のようなフケがたくさん出て、かじったり引っ掻いたり。やはり食物アレルギーだろうとのことで、療法食を継続。
  • 年が明けてもかゆみは続き、これ以上悪化するならステロイドを使うしかないと言われていたところ、今度は耳も聞こえにくくなってきました。今まで家族が帰ってくるとすぐに玄関まで飛んで行っていたのに、気づかずにずっと寝たまま。近くまで来てようやく気づいて飛び起きるようになりました。
  • 2月にはお腹に膿や赤い発疹、黒い斑点がたくさん発生。膿皮症と診断されて薬用シャンプーと抗生物質をもらいました。いったんおさまっていた嘔吐も再発。この時の血液検査で肝酵素(ALT)が高くなっていることがわかりました。
  • 次から次へと出てくる問題に不安を感じていたのですが、おそらく年齢のためいろいろな不調が出ているのだろうということでした。今の管理方法に間違いはないか、他にできることはないかと思い、応募させていただきました。

獣医師の診断

なかなか解決しない問題が重なり、さぞ不安だったことと思います。

幸い、飼い主さんは検査結果や処方箋をきちんとファイルされている方だったので、過去を遡って血液検査や尿検査の結果を送付してもらうことができました。さらに漢方診断用の詳細な問診にも丁寧にこたえていただき、健康な時と病気の時の舌の写真も確認することができました。

肝血虚

まずは一番気になる嘔吐についてですが、ご相談を受けた時点での検査値の異常はALTの軽度上昇のみ。軽度とはいえ、何らかの理由で肝細胞が障害を受けていることは明らかです。他の肝酵素値も以前より高くなっていましたが正常範囲内。残念ながら、嘔吐が始まった昨年の夏〜秋には腎機能以外の血液検査が行われていないので、いつからALTが高かったのかは不明ですが、実はその徴候は去年のうちにすでに現れています。

例えば、白く細かいフケは典型的な肝臓の不調(肝血虚)のサイン。肝障害の早期に現れることがよくあり、膿皮症に移行することもあります。

他にも問診に答えていただいた中で、「皮膚が乾燥している」「よく夢をみる」「耳先や足先が冷たい」など、肝血虚の症状が複数見つかりました。舌色も紫がかっています。肝臓は、全身に栄養(肝血)を送る役割を持っていますから、肝の働きが鈍ると皮膚や被毛が乾燥して白い細かいフケが出るようになり、皮膚のバリア機能が損なわれて感染症(膿皮症)も起こりやすくなります。

まずは肝臓の炎症を抑えるために逍遥散(しょうようさん)を処方。逍遥散は肝臓障害による消化器症状(肝脾不和)を抑えるのにも役立ちます。与え始めてすぐに嘔吐がなくなったため、嘔吐の原因が肝臓であることがわかりました。ALTも1ヶ月後にはほぼ正常値まで低下。食事も大好きなZiwiピークに戻すことができたそうです。

肝酵素に対する逍遥散の効果

膿皮症には抗生物質を最後まで投与したあと、カレンデュラクリームを使っていただきました。抗生物質を中途半端に中止すると耐性菌を作り出す原因になるため、副作用がないかぎりは途中でやめないようおすすめしています。

膿皮症に対するカレンデュラクリームの効果

カレンデュラクリーム開始後の経過

甲状腺機能低下症(加齢性・代償性)

さて、高齢期のおねしょ、聴力低下と聞くと最初に思い浮かぶのは腎虚です。腎虚は、腎臓だけでなく、内分泌系や神経系を含む機能の低下をさします。血液検査結果では、腎臓の数値(SDMA・BUNクレアチニン)は正常値。そうすると腎臓病ではなく、内分泌系、特に甲状腺機能低下症の可能性が高くなります。

実際に、血液検査結果を過去からを追っていくと成犬期をすぎた頃から「総T4」値が徐々に下がってきてます。でも正常範囲内ぎりぎりだったため、かかりつけ医では問題なしと判断したのでしょう。

https://www.whollyvet.com/wp-content/uploads/2019/03/Bear-grey-background.jpeg

T4値は甲状腺機能のスクリーニングに使われます。

甲状腺の機能低下は、自然な老化現象の一つと考えることもできますが、肝障害に続発して起こることもあり(ユウサイロイドシック症候群)、やはり膿皮症の原因になりやすい病気です。

正確な診断と治療方針の決定には、遊離T4値やTSH値、甲状腺ホルモンに対する自己抗体の有無を調べる必要がありますが、次回の検査予定日まで1ヶ月あるとのことで、試験的にアシュワガンダを使用することにしました。

アシュワガンダは甲状腺をサポートするだけでなく、体を温め、免疫力のアップ、慢性疾患による身体的・精神的ストレスの緩和、認知力の改善、抗炎症作用など幅広い作用があり、症状が半年近く続き耳先や足先が冷たくなってきたというカイくんにはぴったりのハーブです。逍遥散と併用することもできます。便の調子も一定していないとのことだったので、腸の修復にマーシュマロウを、膿皮症対策にエキナセアとネトルも混ぜて処方しました。

アシュワガンダがT4値をアップ

1週目は最小量(50 mg/kg)、2週目以降はフルドーズ(100 mg/kg)でアシュワガンダを与えてもらったところ、T4値が上がり過ぎてしまったため、その後は最小量に戻しました。アシュワガンダでT4値が上がるということは、カイくんはまだ自力で甲状腺ホルモンを作る力がきちんと残っているということ。とてもよい徴候です。

その後、尿失禁は無事になくなり、音への反応も完全ではありませんが少しずつ回復しているとのことです。

逍遥散とカレンデュラクリームですでに軽快化していた膿皮症もネトルとエキナセアで完全に鎮静化。現在は、逍遥散マーシュマロウアシュワガンダだけで症状の再発なく維持しています。

肝障害のそもそもの原因は?

以上の経過から、加齢のために甲状腺機能が下がりつつあったところに、何らかの理由で肝障害が起こり、甲状腺の機能がさらに落ちてしまったと考えるのが自然でしょう。

肝障害の原因については、嘔吐や尿失禁が一番ひどかった昨年の秋には腎臓以外の検査が一切行われていないため、現在の時点で原因を特定することはできません。手術時の侵襲や麻酔、拾い食い、食物アレルギー、いずれの原因でも肝障害を起こすことがあります。このうち、食物アレルギーは除外することができましたが、感染症などまったく別の原因が関与していた可能性も否定することはできません。

今後、逍遥散をやめたときに肝障害が再発したら、原因がまだ残っているということです。必ず精密検査を受けてください。

ブルドッグは寿命が8〜9歳と短め。飼い主さんは純血種でないことを気にしていらっしゃるようでしたが、別の犬種の血が入っているからこそ、ブルドッグにありがちな肥満や関節病、呼吸障害もなく8歳まで元気に過ごせていたのだと思います。できればお近くで漢方医や自然療法医をみつけて、そのときどき適切な診断を受けながら漢方薬やハーブを調節してもらってくださいね。

飼い主さんより

とても詳しい診断と説明をしていただきありがとうございました。抜歯手術を受けて、何かが狂い始めてから1年、ようやくすべてが元どおりになった気がします。かかりつけ医で納得できなかったこと、よく理解できなかったことも辛抱強く説明してくださり、本当に感謝しています。

特に逍遥散を飲み始めて嘔吐がピタリと止まったのには驚きました。それまでの半年間の苦労はなんだったのでしょうか。今は肝臓の数値も元に戻ったので、逍遥散をやめてもいいとのことですが、怖くてやめられません。

そしてアシュワガンダを追加してからは、おねしょも再発していません。犬も私も安眠です。皮膚も綺麗になりました。でも先生に画像をみてもらったところ、まだ乾燥気味とのことで、クリルオイルを追加したところです。寝ているときの音に対する反応がまだ完全には戻ってきていませんが、起きているときは普通に反応するようになりました。散歩も手術前と同じ距離を歩けるようになりました。

後悔しているのは、去年、吐いたりおねしょが始まったときにきちんと精密検査を受けなかったことです。あのときにきちんと検査をしてもらっていたら、もっと早く肝臓や甲状腺のことがわかって、長引かせずに済んだのではないかと本当に反省しています。

漢方の病院もみつけることができました。取り戻した健康を大切に、長生きしてもらいたいと思います。

編集後記
半年にわたるご協力と貴重なデータをありがとうございました!カイくんが幸せに長生きできるようスタッフ一同願っています。
 
本シリーズでは、同じような悩みをもつ飼い主さんたちが不安や悩みを共有し、情報交換できるようコメント欄を設けています。どうぞご自由にお使いください。

甲状腺機能低下症に関する詳細はこちらから
甲状腺機能低下症

肝臓病に関する詳細はこちらから
肝臓と胆嚢の疾患

8 COMMENTS

クスコ

こんにちは。大変な一年でしたね? 私も老犬がいるのでちょっとした変化にも不安を覚えるので気持ちとてもよくわかります。でもその病院はちょっと、、、手術後に調子が悪くなったのにちゃんと検査しないとは。飼い主さんは悪くないと思いますよ。

mikki

クスコさま
暖かいコメントありがとうございます(涙)
病院で言われたことを真に受けていた自分が本当に情けなくて
カイには申し訳ない気持ちです。
実はこのことがあってから病院を変えました。
今はきっちり検査をしてくれるところを見つけました。
クスコさまもよい病院にかかられていることと思います。
わんちゃんにもよろしくお伝えください。

Hamada

はじめまして。九州で獣医をやっています。いつも参考にさせていただいています。一つ質問なのですが逍遥散をやめて肝障害が再発するというのは、消化器症状を抑えるだけで肝臓の治療はできないという理解でよろしいでしょうか。

mikki

Hamadaさま

コメントをありがとうございます。
私にはわからないのでミオ先生にお返事をお願いしました。
申し訳ありません。

Wholly Vet 編集部

Hamada先生

こんにちは。いつもお世話になっております。
逍遥散は肝臓の炎症を抑えることでさらなる肝細胞障害を防止する作用がある漢方薬です。

原因→肝障害・炎症→嘔吐などの症状

という過程の中で、真ん中の炎症の部分に作用します。
そのため、何らかの原因が残っており(肝炎ウイルス、レプト、腫瘍等)
それが取り除かれない場合は
起こり続ける炎症を抑えているだけになり
いつかは逍遥散だけでは抑えきれなくなります。
そのため、通常は、漢方薬を始める前に原因の特定を行うことをおすすめしています。

今回は嘔吐が長引いており、
飼い主さまもわんちゃんも相当お疲れになっていたため
対症療法的に使用しました。

手術時の侵襲(ストレス、歯周病菌)や麻酔、拾い食い(肝毒性のあるものの誤飲)が原因でしたら
さすがにもう残っていないはずなのでこのままで大丈夫でしょう。

飼い主さんと現在のかかりつけの先生には今後も注意深く見守るようお願いしてあります。

Hamada

なるほど、そういうことだったんですね。
ALTの上昇は確かに軽度だけど去年の時点ではどれだけ上がっていたのかがわからない、そう考えていくと確かに色々な可能性が考えられますね。術後の症状のタイミングも微妙ですし。
肝障害については現代医療の治療法の選択肢が限られていますので漢方薬も取り入きたいと考えていますが今回のように漢方の知識がなくても使えるのはありがたいです。

ご回答ありがとうございました。

かおる

うちの犬も甲状腺機能亢進症と診断されました。こちらの記事を読んで状況がとてもよく似ていたのでさっそく肝臓の検査もしてもらいました。ありがとうございます!

さいわい、肝臓は大丈夫でした。甲状腺のお薬を飲んでいるのですが季節のせいか膿皮症が治らず困ってます。 ずっと抗生物質を飲んでいてビタミンEと亜鉛も追加されました。ここで紹介されたハーブも試してみたいのですがどちらで購入したか教えていただけないでしょうか。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

mikki

かおるさま

コメントありがとうございます。
肝臓大丈夫だったようで良かったですね
お恥ずかしい私の失敗談でもお役に立てて嬉しいです。

ハーブは自分で手に入るものはhttps://jp.iherb.comという
ところで購入しました、
自分のサプリメントもいつもここで買っています。
手に入らないものはこちらの先生に送っていただきました。
逍遥散、アシュワガンダシロップ(ネトルやマシュマロ入り)など。
販売されていないそうですが
記事のお礼として送ってくださるとのことでご厚意に甘えさせていただきました。

お役に立てれば幸いです。

現在コメントは受け付けておりません。