獣医師による手作り食・自然療法ガイド

肛門嚢の正しいケア

肛門嚢を絞るのはエチケット・・・と思い込んでいませんか?実は、肛門嚢絞りを習慣にしてしまうと、ますます詰まりやすくなり、くさ〜い液との戦いがエンドレスに。肛門嚢の機能を正しく理解して、ナチュラルなケア方法を身に付けましょう。

くさいだけじゃない!肛門嚢とは

肛門嚢(こうもんのう)は、肛門のすぐ内側にある2つの袋。外からは見えませんが、ちょうど時計の4時と8時の位置にあり、肛門嚢腺の分泌物をためておくところです。

肛門嚢と肛門は細い管でつながっており、うんちが出るときに肛門嚢が押されて、中の液がうんちと一緒に排泄されます。この独特の強い臭いのある分泌液には、犬や猫の個人情報である化学物質(フェロモンなど)が隠されています。犬同士がお互いのお尻やうんちを嗅ぎあったり、猫が自分のうんちを隠そうと砂かけするのは、このためですね。

また、肛門嚢腺からはリゾチーム、IgA抗体、ラクトフェリンといった抗菌物質も分泌されており、肛門嚢管や肛門のまわりにバリアを形成し、感染を防いでいます

この自然の排泄機能を無視して、肛門嚢の圧迫を繰り返すと、細い管が潰れたり、周囲の筋肉が傷つき、自分で排液することができなくなってしまいます。そうすると余計に液が溜まりやすくなり、絞らないと出てこないという悪循環に陥ります。バリアが取り除かれるため、感染も起こりやすくなります。

肛門嚢の詰まりや炎症、感染が再発しやすいのは、体質ではありません。不必要な肛門嚢絞りが原因です。

動物病院、ペットサロンではサービスとして何も言わなくても絞ってくれることがあります。丁重にお断りしましょう。

自然な排液を促す

うんちを固めに維持

肛門嚢を傷つけることなく適度な量の排液を促すには、1日1〜2回、硬めのうんちをきちんと出すことが大切です。肛門嚢が詰まりやすい子のうんちは、飼い主さんが普通と思っていても、実は柔らかめのことがよくあります。

うんちの健康度チェッカー

うんちを今すぐ固くしたい場合は、生骨のおやつ、サイリウムがおすすめです。

生骨を食事に取り入れる

しっかりほっこり固めのうんちが出るたびに感じる幸せ。肉食動物の食性にあった、生の骨を含む手作り自然食を実践している飼い主さんの日常です。肛門嚢の匂いも気にならず、もう何年も触っていないという人も多いでしょう。

生の骨は、うんちをしっかりと固めてくれます。吸収されなかったカルシウムが残って、やや白色〜灰色がかった便がちょうどいい感じです。与えすぎるとうんちが硬くなりすぎて、ポロポロになるので適切な量を見つけましょう。

詳しくはこちらから
骨給与ガイド

サイリウム・食物繊維

食物繊維もおすすめです。ゴボウ、セロリ、アスパラなどの繊維質の多い野菜や根菜、豚耳、鶏皮などの動物性繊維を取り入れてみましょう。

即効性があるのがサイリウム(オオバコ)です。大腸の中で水分を吸収し、うんちをカサ増しして、腸を広げ、肛門嚢を内側から押してくれます。ただし、腸を刺激して逆に下痢をしたり、便秘になることもあるので注意が必要です。適量は、体重 5 kg あたり 小さじ1/2杯から。最初はこの半分くらいの量から始めて、うんちの様子をみながら量を加減していきましょう。お薬を投与中の場合は、サイリウムとの間隔を2時間以上あけてくださいね。

温湿布

長年の肛門嚢絞りで液が溜まりやすくなってしまった子、膿が溜まっている場合は、温シップがおすすめです。

温めたお湯(お風呂くらいの温度)に柔らかい布またはタオルをひたして固く絞り、肛門にあてて、5分ほど置きます。分泌物を柔らかくし、詰まってしまった管を通しやすくします。布が途中で冷めてしまったら、温め直してください。

炎症や感染がない場合は、朝晩1日2回、毎日繰り返すだけで自然と詰まりが解消していくでしょう。

炎症や感染があり、クリーム状の膿が出てくる場合は、1日3〜5回、お湯の代わりに消炎・抗菌作用のある緑茶、カモミール、ラベンダーなどのハーブティーを使用します。カレンデュラエキス、エキナセアエキス、プロポリスなどを数滴加えてもいいでしょう。

詰まりやすい・固まりやすい場合
  1. カモミールティーで温湿布(5分)
  2. パンパンに詰まっている場合は、外からマッサージして出る分だけ排液。すべて出し切らないように注意します。それほど詰まっていなければ圧迫は不要。自然な排泄にまかせます。
  3. ご自宅でも温湿布を1日2回繰り返してもらいます。
クリーム状の膿が溜まっている場合
  1. カモミールティーで温湿布(5分)
  2. マッサージしながら排膿。温めておくと無理に圧迫する必要がありません。
  3. 必要な場合は、カレンデュラ、ミルラ、プロポリス、ゴールデンシールなどのハーブエキスを加えた温かい生理食塩水で洗浄。重度の場合は、プロバイオティクスや抗生物質を注入することも。
  4. 肛門周りにカレンデュラクリームを塗布して完了。
  5. ご自宅でも温湿布とクリームの塗布を1日2〜3回繰り返してもらいます。
皮膚が赤くただれて膿瘍や瘻管ができている場合
  1. ゴツコラ、コンフリーなどのハーブエキスを混ぜたカモミールティーで温湿布(5分)
  2. 膿が溜まっている場合は排膿。温めておくと無理に圧迫する必要はありません。
  3. カレンデュラ、ミルラ、プロポリス、ゴールデンシールなどのハーブエキスを加えた温かい生理食塩水で洗浄。プロバイオティクスや抗生物質を注入。
  4. 皮膚の状態や重症度に合わせて、カレンデュラ、ゴツコラ、コンフリーなどを混ぜたクリーム、オゾン軟膏、マヌカハニーまたは抗生物質軟膏を肛門周りに塗布して終了。傷にしみないアルコールフリーのものがおすすめです。
  5. ご自宅でもぬるめの温湿布と消炎抗菌クリームの塗布を1日2〜3回繰り返してもらいます。痛み止めも忘れずに。

解剖学的な異常やよほど進行している場合をのぞき、手術はおすすめしていません。

肛門嚢が詰まる原因は?

サイリウムや骨は、うんちの硬さを調節するだけで、軟便や肛門嚢の詰まりのそもそもの原因を治療してくれるわけではありません。うんちを硬めで維持し、温湿布を行いながら、原因の対策もきっちり行って、再発を防ぎましょう。

アレルギー

肛門嚢の詰まりや炎症でもっとも多い原因は、隠れた食物アレルギーです。

ときどき吐く、食欲にムラがある、手足や床をなめる目やにやよだれが気になるいった症状もあるかもしれません。柔らかめのうんちがときどき下痢になることもあります。

試しに穀類や芋類、乳製品をすべてやめ、食べたことのない肉や魚を主食にしてみましょう。症状が改善すれば、食物アレルギーの可能性大です。

アトピー(環境アレルギー)が原因になっている場合もあります。

過敏性腸炎(IBS)・炎症性腸炎(IBD)

腸の機能障害や炎症でも肛門嚢が詰まりやすくなります。軟便になりやすいだけでなく、腸粘膜と肛門嚢管は連続しているため、炎症が波及したり、浮腫によって出口が塞がれるせいですね。

IBSやIBDにも食物アレルギーや食物不耐性が関与していることがよくあります。犬と猫に適した低炭水化物・高品質タンパク質・適度な脂肪の食事を心がけましょう。ストレス管理プロバイオティクスプレバイオティクスも役に立ちます。

手作り食クイックスタートガイド

肥満

太っている犬や猫では筋緊張や神経機能の低下により肛門嚢の排泄機能がうまく働くなることがよく知られています。

しっかりとした運動と食事管理で再発を防止しましょう。

解剖学的異常

腸の病気や肥満に比べると非常にまれですが、生まれつき肛門嚢の位置が深く、固めのうんちで腸がしっかりと広げられても肛門嚢まで届かない場合があります。このような場合は、直腸からの肛門嚢絞りや手術が必要になることがあります。

その他

腸管内の寄生虫、悪玉菌増殖、服用中の医薬品や抗生物質、肝臓の病気、胃腸虚弱など、慢性的な軟便を起こしやすい状況や病気は他にもあります。まずは、病院でしっかりと見極めてもらいましょう。

肛門嚢疾患を漢方医学的にみると?

漢方医学では、肛門嚢は胆経上に位置し、肛門嚢の詰まりは「内湿」の蓄積と考えます。体に合わない食事を与えていたり、生まれつき胃腸虚弱があると、食べ物や食べ物に含まれる有害物をうまく処理できず、体の内部に有害物や不要物がたまっていきます。これが内湿。胃腸が早期の炎症を起こした状態で、嘔吐、軟便、唾液や耳垢の増加、冷えなどの湿った症状が現れ、炎症が肛門嚢まで及ぶと肛門嚢に液がたまりやすくなります。

内湿が進行すると、局所の循環が阻害され、浮腫を起こし、熱を帯びて「湿熱」という状態になります。高度な炎症を起こした状態です。肛門嚢炎だけでなく、皮膚炎、膀胱炎、関節炎、外耳炎、結膜炎など、さまざまな炎症性疾患が同時にみられることもよくあります。

犬猫にとって内湿を生み出しやすい食物は、加熱・加工・精製された食品(ペットフード)、炭水化物アレルゲン、乳製品です。そのため、漢方薬や鍼灸で肛門嚢の治療を効果的に行うには、これらの食品を取り除き、体の負担を軽くしてあげることが大切です。肉食動物の犬と猫にあった肉・魚を中心にした食事に抗酸化効果の高い緑色野菜や果物を組み合わせます。

漢方薬の選び方

胃苓湯(いれいとう)

肛門嚢に水っぽい液がたまりやすく、炎症はそれほどひどくない場合に。胃腸が弱い犬猫、筋力が弱く”水太り”タイプの犬猫に向いています。食欲にムラがあり、食糞草を食べるくせがあるかもしれません。消化力が落ちているので嘔吐物や便の中に未消化の食べ物が入っていることがよくあります。

胃苓湯は、胃腸を温めて消化を助け、水分循環を促すことで、内湿の蓄積を防いでくれるお薬です。

三仁湯(さんにんとう)

肛門嚢の詰まり、初期の炎症、お尻を床でふく行動(かゆみ)が気になる場合に。根底にある胃腸障害から内湿、そして湿熱へと移行し、消化器症状のほかにも皮膚炎、膀胱炎、関節炎など、複数の炎症性疾患の既往があるかもしれません。猫ちゃんのストレス性の胃腸炎からくる肛門嚢炎にも。

三仁湯には消化促進作用はありませんが、腸の動きを整えて、腸全体の炎症を抑えてくれます。

四妙散(しみょうさん)

肛門嚢の炎症が進行し、激しい痒みや膿瘍がある場合に。当帰を1/4量加えて使用します。湿熱(炎症)に対する効果が高く、アレルギーやIBD、IBSなどステロイドの使用を考えがちな急性炎症を伴う場合に特に向いています。すでにステロイドを使用している場合でも、ステロイドの用量を減らし、ステロイドの副作用を緩和してくれます。

四妙散で効果が感じられる犬猫は、食事療法にもよい反応を示します。四妙散を服用したあと、肛門嚢や胃腸の症状が悪化した場合は、胃腸障害などの内的な要因による肛門嚢炎ではなく、感染が原因かもしれません。

龍胆瀉肝湯(りゅうたんかんしゃとう)

根底に胃腸障害があり、感染が主体となった急性肛門嚢炎・膿瘍に。抗菌、抗炎症作用がある漢方薬です。暑がりで、イライラ、攻撃性、目が血走っている、落ち着きがないといった「熱」症状がある場合に向いています。冷えがあり、胃腸が弱い子には向いていません。

黄連解毒湯(おうれんげどくとう)

根底に胃腸障害がなく、感染だけが理由の肛門嚢炎・膿瘍に。軽度の感染や体力が低下している犬猫にはおすすめしません。副作用で消化器症状が現れた場合は、四妙散や六君子湯などを併用します。

漢方薬やハーブを使用する前の注意事項用量・用法・上手な飲ませかた

何も考えずに、たまったら絞るという対症療法を繰り返すだけでは、肛門嚢の問題は解決しません。根底にある原因が何か、かかりつけの獣医師と一緒に考え、科学的なアプローチを行っていきましょう。