獣医師によるペットの自然食・自然療法ガイド

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症例紹介 | 漢方薬を併用した猫の甲状腺機能亢進症の一例

2016/7/16

副作用のため抗甲状腺薬メチマゾールを増量できなかった症例において漢方薬を併用し、甲状腺ホルモン値の低下に成功した症例についての報告です。

症例プロファイル

品種:日本猫
年齢:18歳
性別:避妊雌
体質:地タイプ
病歴:特になし

かかりつけ医にて
  • 6か月前に飼い主が間欠的な嘔吐と体重の低下に気づく
  • 3か月前にかかりつけ医を受診。甲状腺機能亢進症と診断される
    • 体重4.5 kg → 3.6 kg
    • 両側甲状腺 触診可
    • 被毛粗剛
    • 心拍数 150 bpm
    • 血液検査にて、ALT、クレアチニン、BUNの上昇
    • 院内簡易検査による総T4の上昇:>5.0 µg/dL
    • 外部検査機関による総T4(7.1 µg/dL)及び遊離T4(98.5 pmol/L)の上昇
    • 尿検査異常なし
  • メルカゾール(メチマゾール製剤)を1.25 mg/頭 BIDで開始(Week 0)
  • 食事をプリスクリプション・ダイエットy/dに切り替え
  • 2週間後、メチマゾールを2.5 mg/頭 BIDに増量(Week 2)
    • 総T4値が5.1 µg/dLまで低下(Week 4)
    • 嘔吐頻度もやや低下
  • さらなるメチマゾールの増量を何度か試みるが、ALTの上昇と顔面の表皮剥離(自傷による)が発生
  • 診断から2か月後、夜鳴き、攻撃性、不眠症、落ち着きがない等の行動的変化が見られるようになる(Week 9)
    • ジルケーン(アルファカソゼピン製剤)の投与を開始
  • 問題行動が悪化したため、漢方医療相談へ(Week 13)
漢方医学診断
治療の経過

飼い主の稟告・問診

  • 夜鳴き、攻撃性が激しくなってきた
  • 時々、粗相をするようになった
  • 昔は太り気味だった
  • 人懐こい性格だったが、最近は押入れや家具の下に隠れていることが多い
  • 食欲旺盛 – 指示された量のy/dを摂取している
  • 嘔吐なし
  • 便秘気味でコロコロとした小さく硬い便を出す

身体検査所見

  • 体重 3.3 kgまで低下(BCS 2/9)
  • パサパサとした被毛、顔面の脱毛・表皮剥離
  • 心拍数 180 rpm、心雑音 II/IV
  • 両側甲状腺 触診可(0.5 x 1.8 cm)
  • 舌診:赤く、厚い。表面に泡沫状の唾液が付着
  • 脈診:浅速で細い

血液検査結果

  • ALT、BUNは以前より低下しているが、まだ若干高値
  • 総T4:5.1 µg/dL
  • クレアチニンは正常範囲内に低下

診断

  • 虚熱
    • 腎陰不足(食欲があるにもかかわらず体重が低下、被毛の乾燥、乾燥便)による熱の発生(夜鳴き、攻撃性、排尿の失敗、紅舌等)
  • 水滞(湿)がやや残る状態(胖大舌、泡沫上の唾液)

治療目標

  • 腎陰を改善する
  • 熱を冷ます
  • 胃脾の機能を助けてさらなる水滞を防ぐ

処方

  • 知柏地黄丸 75 mg/kg BID → 4週間かけて150 mg/kg BIDに増量
  • メチマゾールとy/dはそのまま継続
  • ジルケーンは中止

結果(Week 19)

  • 総T4、BUN、クレアチニン、ALTがすべて正常範囲内に低下
  • 夜鳴き、攻撃性は徐々に見られなくなった
  • 隠れることが少なくなった
  • 舌にはまだ赤みが残るが、脈はほぼ正常化
  • 漢方薬による副作用は特に認められなかった
獣医師の解説

甲状腺機能亢進症は高齢の猫においてよく認められる内分泌疾患であり、増加する傾向にあります。甲状腺が腫大し、甲状腺ホルモンの分泌量が増えることに起因しており、体重低下、多飲多食、嘔吐、攻撃性、被毛の質の低下、頻脈など非特異的でさまざまな症状が現れます。

治療方法として、外科手術による甲状腺の除去や放射性ヨウ素の投与による甲状腺組織の破壊の成功率が年々向上してきており、標準的な治療法になりつつありますが、年齢や設備、費用、併発症などの理由から、内科療法が選択される場合もよくあります。

内科療法の代表は、メチマゾール等の抗甲状腺薬の内服です。低用量で開始し、甲状腺ホルモン濃度(T4値)を正常範囲内で維持できるようになるまで用量を増加していきますが、本症例のように副作用の発生のために十分に増量できない場合があります。十分な増量ができないと、体内の甲状腺ホルモン量を抑制することができないため、疾患は進行し、新たな症状が見られるようになります。

獣医漢方学では、猫の甲状腺機能亢進症は消化器系の異常に起因し、その経過には4つの段階あると考えられています。

  • 第I期:消化器の機能低下により、消化されなかった食物が「湿」として滞る(水滞)。慢性的な嘔吐、腹部膨満、体重の増加、食欲増進が認められる。この時期には甲状腺はまだ触知できず、T3・T4値も正常だが、舌や脈拍にはすでに変化が現れていることが多い。
  • 第II期:水滞が循環を妨げることで、摩擦熱を生じる。I期の症状のほか、頻脈、暑がるなどの症状が認められるようになる。甲状腺の若干の肥大とT3・T4値に上昇が見られることがある。定期検診を受けている場合は、この段階で診断されることが多い。
  • 第III期:「熱」状態が持続することで、体液(陰・血)が蒸発する。腎臓の「陰」が不足すると上体を冷やすことができなくなるため「熱」の症状として、攻撃性、落ち着きのなさ、夜鳴きといった行動的な異常が現れる。また、体液の喪失による乾燥症状(皮膚や被毛の乾燥、便秘、削痩、口渇)も認められる。
  • 第IV期:「陰」の枯渇により、「陰」を必要とする「陽」(エネルギー、体熱)も枯渇し、上述の「熱」症状と、それに相反する震えなどの「寒」の症状が混在するようになる。
病期について詳しく読む

臨床症状、舌・脈の状態に基づき患者が現在どの段階にあるかを判断することで、その段階と症状にあった適切な漢方薬を処方します。漢方薬への反応が良好な場合、病期が逆行し、以前の症状が再び認められるようになります。例えば、治療開始時に第III期だった場合は、状態の改善とともに第III期の症状が見られなくなりますが、第II期の症状が再び認められるようなります。この段階で、再び診断を行い、症状にあった漢方薬に切り替える必要があります。

本症例は紹介医における診断時には第II期であり、それが第III期への進行したところで紹介を受けました。メチマゾールと療法食(y/d)に漢方を併用することで、第III期の症状がほぼ解消され、T4値が正常範囲内に戻りました。現在、第I~II期の症状の再出現を注意深く観察しながら、メチマゾールの減量を目指しています。

知柏地黄丸は8種類の生薬から成る漢方薬で、「腎陰虚」に「熱」の症状が加わった場合に処方されます。甲状腺機能亢進症だけではなく、慢性腎不全や糖尿病などさまざまな犬猫の疾患に使用されています。構成成分である地黄は、動物モデルにおいて甲状腺ホルモン濃度を正常化することが報告されています。また、他の生薬には抗炎症、抗腫瘍、降圧、抗糖尿病、肝保護など、高齢の猫に有益なさまざまな作用があり、長期管理にも適しています。

 

猫の甲状腺機能亢進症における食事療法

本症例ではy/dを使用しましたが、食事療法を行う際のキーポイントは次の通りです。

  • 食事を体温程度に温めて与えることで消化吸収をサポートする
  • ヨウ素を多く含む食品を与えない(例:海藻類、魚介類)
  • 水滞の原因となる炭水化物を多く含む食品は避ける
  • 腎陰虚に推奨される食品:アルファルファ、アスパラガス、キャベツ、鴨肉、豚腎など
食事療法について詳しく読む
注意事項
  • 知柏地黄丸はすべての甲状腺機能亢進症の症例に使用できるわけではありません。漢方専門医の診断に基づき、適切な漢方薬を選んでください。

 

  • 抗甲状腺薬及び漢方薬のいずれによっても、治療により甲状腺の大きさ自体が小さくなるわけではありません。管理の長期化により、いずれは抗甲状腺薬や漢方薬の増量が必要になる場合があります。年齢等の因子を十分に考慮した上で、適切な治療方法を選択してください。

 

  • 知柏地黄丸の副作用について:本症例に使用した用量では副作用はまれですが、漢方薬の一般的な副作用として、アレルギーや一過性の嘔吐、下痢などの消化器症状が認められることがあります。
猫の甲状腺機能亢進症の統合療法について詳しく読む

症例報告書

文献を掲載した詳細な症例報告書をこちらからダウンロードできます。
(英語・PDF・3.8MB)

 

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