獣医師による手作り食・自然療法ガイド

論文紹介 | 大型犬に軟便が多い理由

動物の生理学と栄養学を中心に取り扱うジャーナルに掲載された総説(過去の論文や研究をもとに現時点で明らかになっている科学的・医学的知見を要約したもの)の紹介です。

著者はロイヤルカナンの研究者で、1998〜2013年にフランスのナント獣医科大学で実施された4つの博士研究からわかった大型犬(25 kg以上)と小型犬(15 kg未満)の消化管の構造や機能の違いと犬の大きさにあった食事の特徴がまとめられています。これらの研究の成果は、現在、さまざまなペットフードや手作り食に生かされています。

論文情報
Weber MP, Biourge VC, Nguyen PG. Digestive sensitivity varies according to size of dogs: a review. J Anim Physiol Anim Nutr (Berl). 2017 Feb;101(1):1-9. doi: 10.1111/jpn.12507. Review. PMID: 27045769

犬の大きさと消化機能の比較

同じ食事を与えていても大型犬は小型犬と比べて軟便になることが多いことは、昔からよく知られていましたが、そのはっきりとした理由はわかっていませんでした。

そこで、次の5点を可能性として考え、一つ一つ検討が行われました。

1.  大型犬の方が食物の消化率・吸収率が低い?

小型犬では消化管の重さが体重の7%を占めるのに対し、大型犬では2.8%に過ぎません。そのため、大型犬の方が食べ物の消化や吸収の効率が低い可能性があります。未消化の食物が吸収されずに大腸に達し、そこで水分を吸収して便として排泄されるため軟便になるのではないかと考えたのです。

しかし、健康な小型犬と大型犬でドライフードの消化率(※1)と小腸における吸収率(※2)を測定して比較したところ、実際には大型犬の方が消化率に優れており、吸収率には違いがないことがわかりました。

よって、消化管が体の割に小さいからといって、特に消化や吸収が劣るというわけではないらしいことが示されました。

※1 見かけの消化率
※2 D-キシロース・3-O-メチル-D-グルコース吸収率

2. 食物が胃・小腸にとどまる時間が短い?

次に検討されたのが、食物が胃に滞留する時間(※3)と小腸を通過する時間(※4)の長さです。人や犬において、食物が上部消化管を通過する時間が短くなると、消化率や吸収率が低下し、便が軟らかくなることが報告されているためです。

しかし、ここでもやはり小型犬と大型犬で違いは認められませんでした。

※3 胃内容物の50%が胃から排出される時間(GET50)と100%の排出にかかると予測される時間(pTGET)
※4 食物の小腸通過時間(SITT)と口盲腸通過時間(OCTT)

3. 大腸にとどまる時間が短い?

大腸では主に水分や電解質の吸収、微生物による食物繊維の発酵、発酵産物の吸収と排泄、糞便の形成が行われています。食物の残りが大腸にとどまる時間が短くなると、水分や電解質を十分に吸収することができず、便が軟らかくなるだろうということは容易に想像できます。

しかし、予想とは逆に、小型犬と比べて大型犬の方が食物残渣の大腸通過時間(※5)が長いことがわかりました。

※5 大腸通過時間 = 総通過時間 ー OCTT

4. 大腸における発酵が亢進?

食物の残りが大腸にとどまる時間が長いということは、それだけ微生物による発酵を受けやすくなります。そこで、糞便中の発酵産物の測定(※6)と食物繊維の消化率(※7)の測定が行われました。

その結果、大型犬では小型犬と比べて発酵産物である短鎖脂肪酸の濃度が高く、食物繊維の消化率も高いことが明らかになりました。
通常、微生物の発酵産物は大腸の細胞によってエネルギー源として吸収・利用されます。しかし、この研究結果から、吸収しきれなかった分が糞便中に排泄されていることが明らかとなり、おそらくこの過剰な量の発酵産物が腸内容物の浸透圧を上げることで、便の水分量が増加するのではないかという新たな可能性が浮かび上がりました。

また、腸内細菌は食物繊維以外に炭水化物やタンパク質の発酵も行うため、1. で明らかになった大型犬の方が栄養素の全体的な消化率が高いことも、この結果から説明できます。

さらに、大型犬では小型犬と比べて大腸の表面積および体積が高いことも明らかになり、このことは、大腸における食物残渣の滞留時間が長いことや発酵率が高い理由の一つと考えられます。

※6 乳酸、短鎖脂肪酸など
※7 見かけの消化率

5. 大型犬では腸透過性が高い?

腸透過性とは、腸管内の物質が腸管内から腸管粘膜を通って体内循環へ受動的に吸収される割合をいいます。腸透過性が上昇すると、そのぶん物質が腸管粘膜を通りやすくなると同時に、いったん吸収された物質が腸管内へ逆流する場合もあります。

大型犬と小型犬の腸透過性の測定(※8)を行ったところ、大型犬では腸透過性が高いことがわかりました。ただし、これは単に大型犬の方が大腸の表面積が大きいために見かけ上、透過性が上昇しているように見えるだけで、実際に腸細胞間の結合が緩んでいるわけではない可能性もあります。

また、大型犬では電解質(ナトリウムとカリウム)の吸収率が低く、糞便への排泄率が高いことがわかりました。水分は電解質濃度が高い方に移動するため、このことも、便の水分が高い理由の一つと考えられます。

※8 ラクツロース、ラムノース、スクラロースの浸透性

以上の結果をまとめると次のようになります。

大型犬に推奨される食事とは

以上の結果と他の研究から明らかになったことを合わせて、大型犬の軟便を防ぐための食事として次の点が推奨されています。

タンパク質

消化性の高いタンパク質を与えること
未消化のタンパク質は大腸による発酵を受けやすく、悪玉菌に利用される可能性が高い。例えばペットフードによく使用されるタンパク質源では、家きん肉よりも小麦グルテンの方が消化性が高く、発酵産物の生成が低い。

タンパク質量を抑えること
タンパク質量を抑えることで、大腸における発酵を抑制。低タンパク食(粗タンパク質22%)と高タンパク食(39%)を比較すると、低タンパク食(粗タンパク質22%)の方が糞便の性状が改善。

炭水化物

難消化性でんぷんを制限すること
難消化性でんぷんは、消化吸収されずに大腸に届き、微生物の発酵を受けるため、大型犬では抑えた方がよい(注:消化性でんぷんの例として、調理の後、冷却されたジャガイモや米などがあります)。

小麦粉よりもトウモロコシ粉または米粉を選ぶ
トウモロコシ粉と米粉の方が小麦粉よりも発酵産物の生成が低くなる。これは、ペットフードを製造する過程で小麦粉由来の食物繊維の水溶性が上昇し、発酵を受けやすくなるためと考えられる。

全粒や粗挽きではなく精製された炭水化物を選ぶ
精製された炭水化物は、でんぷん粒が小さく、調理後の消化性が高くなり、大腸に到達して発酵される量が減るため、便を固く、乾燥させる。逆に便秘しやすい犬や小型犬の場合は、便が硬くなりすぎる可能性がある。

食物繊維

  • フルクトオリゴ糖(FOS):発酵を受けやすいため軟便になりやすい
  • ビートパルプ:FOSよりは発酵されにくいが、量が増えるとやはり軟便になりやすい
  • セルロース:発酵されにくく、便を硬くする

解説と注意

この総説では、大型犬と小型犬の消化管の特徴の大きな違いとして、大型犬では大腸が大きいこと、微生物による発酵が盛んであること、また、腸の透過性が高い可能性があることがわかりやすく解説されています。小型犬よりも大型犬の方が人間に近い腸を持っているようです。これらの研究成果は犬の食事を考える上で非常に重要な情報として、現在さまざまなペットフードや手作り食の開発に取り入れられています。

ただし、この総説で取り上げられている研究では、すべての犬種を網羅しているわけではなく、頭数も限られているものが多くなっています。大型犬ではグレート・デーン、シェパード、ジャイアント・シュナウザー、小型犬ではミニチュア・プードル、スタンダード・シュナウザー、ウェスティくらいしか記載がなく、一部の研究を除き、頭数が1ケタ台です。

また、この論文を読む上で飼い主や獣医師が一番注意しなくてはならないことは、「便の硬さ」しか考えておらず、長期的な健康影響については考慮していないということでしょう。そのほんの一例ですが、便を硬くする方法の一つとして精製された炭水化物が推奨されています。これは精製されていない炭水化物よりも精製された炭水化物(例えば玄米ではなく白米)の方が小腸でよく吸収され、大腸で発酵される量が少なくなり、便の水分を抑えられるためです。また、同じ理由でタンパク質の摂取量を抑えることも推奨されていますが、この通りに食事を設計すると、その分のエネルギーを炭水化物で補う必要が出てきます。しかし現在では、炭水化物(特に精製されたもの)の摂りすぎは、肥満や糖尿病などの代謝性疾患を引き起こし、体内の炎症を促進することがわかっています。また、小麦グルテンは腸透過性の異常亢進を引き起こすこともわかっています。

ウンチが固くキレイな形状になっても、体の中で別の病気が進んでいくのであれば、まったく意味がありません。

実際に犬猫の食事を考えるときには、より長期的な視点で考え、全身の健康バランスを考慮した上で、便の固さを考えるようにましょう。